◎そこにいつも歌があった(13)
『神田川』(かぐや姫)


 七十年代のヒット曲のなかで、名曲と呼ばれるものは多いが、『神田川』ほど今なお厚い支持を受ける歌も、そうざらにはないだろう。

 民放テレビの“青春ヒット大全”のような番組でも、かならずベスト5には入っているし、NHKの「BS20世紀 日本の歌」(平成9年調査)でも、3位 につけている。

 でもこの歌は、どちらかと言えば曲調も暗い、歌詞も物悲しい、といった感じなのに、どうしてこんなに人気があるのだろう。

 聴く人の年代、性別、環境の違いによって、いろんな受けとめ方や想いはあるにせよ、とりわけ団塊の世代の人達の、“青春への郷愁”みたいなものが、そうさせるのだろうか。

 先日ある歌番組で、南こうせつがこの曲を歌っているのを見たとき、「ああ、なるほどそうかもしれない」と、僕は思った。

 学生運動も終焉し、無気力、無責任、無感動の“三無主義”が席巻する時代にあって、当時の若者が信じられるのは、ささやかな愛の世界だけだったに違いない。

 だから、貧しいながらも同棲し、ときどき銭湯に行っては石鹸をカタカタ鳴らす。あるいは、クレパスで似顔絵を書いたり、冷たい体を抱き合って、お互いに愛を確認する。そして、窓の下には神田川が流れている。

 と、こんな情景を僕は思い浮かべたのだ。ちなみに、僕の“神田川体験”は、世代も事情も違うせいか、こんなふうではなかった。


 上京して間もない頃、友人と一緒に住んだアパートが、神田川の近くだった。
歌のように、ちょうど窓の下には神田川が流れていて、いつも貧乏だった。部屋に風呂はあったものの、今にも壊れそうで、よく銭湯へ通 った。

 でも、女の気配はどこにもないし、絵を書くような余裕もなかった。
毎日のように部屋を訪ねてくるのは、ギャルではなく、ブタのように太った野良猫だけだった。

 それでも僕は、時折、ギターを弾いて『神田川』を歌い、自分の将来を夢みた。

 余談だが、フルコーラス歌うのが辛い時は、「あなたはもう神田川。ジャンジャン」というふうに、超省略型ですませたりした。そうでもしないと、あまりにもわびしいものね。