ぼくにとって、学生時代、浪人時代を通じて、つねにたまり場だったのは、〈アライ文具店〉というちょっと変わった場所だった。
ふつうたまり場といえば、喫茶店とかコンビニとかゲームセンターなんだろうけど、なぜか清く正しい(?)文具店なのである。
といっても、そこにはいつもぼくらを手あらに、そして優しく迎えてくれる店主がいた。
口は悪いが気はいい、陽気で明るいオババである。
普段はバカ話ばかりするが、ときには人生相談にも乗ってくれる。
常連客は、中学生から社会人までいて、世代の別なくタメ口をきいたり、兄弟みたいな感覚で遊んだりした。
店先の路地で、缶けりをやったり、キャッチボールをやったり、ときには、営業中だというのに、店内でギターの弾き語りコンサートをやったりもした。
今からして思えば、めちゃくちゃな話である。
けれどなかには、失恋した女の子のために、静かにギターで歌って慰めるときもあった。ぼくも友人もそうして、大切な仲間を思いやることができた。
もちろん、ここで出会った男女の間に、恋がめばえることもあった。
いわば人生道場のような場所だったのである。
文具店なのに、ツケがきくし、おまけや値引きもバッチリしてくれる。
だから、いろんな人が、とにかく集まった。
もうあんなことが二度とないような、そんな不可思議で愛しい日々の連続だった。
ぼくが浪人中で、日課のように通ったときも、依然としてその環境は変わらなかった。
年が離れているのに、なぜだか中学生の子たちの気持ちがよくわかった。
ある女の子が恋に悩んでいた。ぼくはときどき、彼女の話を聞いてあげた。
オババもそっとそばで聞き耳をたてている。
そんなときよくラジオから流れてきたのは、『星の砂』だった。
彼女は、どこからか摘んできた野花を髪にさして、「ほら、ブーゲンビリアでしょ」って言って、微笑んだ。
〈髪にかざしたブーゲンビリア/そえぬ運命に赤く咲く/海よ海に流れがあるならば/届けて欲しい 星の砂〉
今もこの曲をきくと、あの少女の横顔と、不遇だったけど楽しかった浪人時代を思い出す。
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