それはある夏の日のことだった。
その日ぼくは、元バラクーダのベートーベン鈴木さんと一緒にNHKの食堂にいた。
「おひさしぶりです」という声がするので、食事をする手をとめ、顔をあげると、そこにカーリーヘアのお兄さんが立っていた。
ベートーベン鈴木さんは「やあ」とか何と言って、その兄さんに着座を勧めた。
誰かと思えば、クリスタルキングの田中昌之さんであった。
自然な日焼け顔にトレードマークのカーリーヘア、それに少年のような輝く目と白い歯が、とても印象的だった。
抜けるような高音で一世を風靡した、ポップグループのボーカリストが、突然目のまえに現れ、一緒にカレーライスを食べる次第になったので、何だかとてもドキドキした。
彼らがデビューした当時、ぼくは友だち数人と、バンドを組んでいた。もちろんクリキンは、ぼくらの憧れでもあった。
仲間の一人は完全にハマってしまい、全然似合わないカーリーヘアまで真似したほどだ。
その憧れだった田中さんが、いまここにいて笑っている。
ぼくは思わずいろいろ聞いてしまった。
何を話したか詳しく覚えてないが、そのときグループは解散しており、田中さんは地元の九州で地道な営業をしていると言っていた。
自慢の高音も全盛期ほど出なくなり、少し調整をしているとも言っておられた。
ところで、バラクーダとクリスタルキングはどこでつながりがあるのだろう。
ふしぎに思っていると、「デビューが同じ時期で、よくベストテン番組などで一緒になったよね」と二人が話すのを聞いて、なるほどそういうことかと納得した。
あれから十年余、田中さんは再び大衆のまえに姿を現した。
缶コーヒーのテレビCMで、缶コーヒーを握りしめながら、例の「}Ah(アハー)」の歌声に乗って、ぬ
ーっと出現したのである。
それも歌のほうは、「Ah」のワンフレーズのみで終ってしまう。
たぶんあれは昔の録音のものだろう。
先日、テレビで田中さんは、「声が完全に復調したら、またガンガンいきます」というようなことを宣言されていた。
早くその日がくることを、ぼくも楽しみにしています。
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