◎そこにいつも歌があった(30)
『大都会』(クリスタルキング)


 それはある夏の日のことだった。
その日ぼくは、元バラクーダのベートーベン鈴木さんと一緒にNHKの食堂にいた。

「おひさしぶりです」という声がするので、食事をする手をとめ、顔をあげると、そこにカーリーヘアのお兄さんが立っていた。
ベートーベン鈴木さんは「やあ」とか何と言って、その兄さんに着座を勧めた。
誰かと思えば、クリスタルキングの田中昌之さんであった。

 自然な日焼け顔にトレードマークのカーリーヘア、それに少年のような輝く目と白い歯が、とても印象的だった。

 抜けるような高音で一世を風靡した、ポップグループのボーカリストが、突然目のまえに現れ、一緒にカレーライスを食べる次第になったので、何だかとてもドキドキした。

 彼らがデビューした当時、ぼくは友だち数人と、バンドを組んでいた。もちろんクリキンは、ぼくらの憧れでもあった。
仲間の一人は完全にハマってしまい、全然似合わないカーリーヘアまで真似したほどだ。

 その憧れだった田中さんが、いまここにいて笑っている。
ぼくは思わずいろいろ聞いてしまった。
何を話したか詳しく覚えてないが、そのときグループは解散しており、田中さんは地元の九州で地道な営業をしていると言っていた。
自慢の高音も全盛期ほど出なくなり、少し調整をしているとも言っておられた。

 ところで、バラクーダとクリスタルキングはどこでつながりがあるのだろう。
ふしぎに思っていると、「デビューが同じ時期で、よくベストテン番組などで一緒になったよね」と二人が話すのを聞いて、なるほどそういうことかと納得した。

 あれから十年余、田中さんは再び大衆のまえに姿を現した。
缶コーヒーのテレビCMで、缶コーヒーを握りしめながら、例の「}Ah(アハー)」の歌声に乗って、ぬ ーっと出現したのである。
それも歌のほうは、「Ah」のワンフレーズのみで終ってしまう。
たぶんあれは昔の録音のものだろう。

 先日、テレビで田中さんは、「声が完全に復調したら、またガンガンいきます」というようなことを宣言されていた。
早くその日がくることを、ぼくも楽しみにしています。