◎そこにいつも歌があった(9)
『旅立ち』(松山千春)


 この季節になるとどうしても、別れたり、贈ったり、涙したりする曲が多くなる。だれの心をも、グッととらえる歌詞のせいもあるだろうし、物事の節目ということもある。

 この『旅立ち』も、その一つかもしれない。松山千春は、周知のように北海道出身で、二十歳の時に、STVラジオの故・竹田健二に認められ、77年にレコードデビューした。

 一貫して北海道にこだわり続け、その歌声や歌の内容には、北海道の大地を思わせる逞しさと透明感がある。
竹田ディレクターを、こよなく尊敬し慕った千春は、皮肉にもデビューと前後して師を失い、あるステージでは、涙のなかでこの『旅立ち』を歌ったという。

 僕は、このことを知ってから、どうしても北海道へ行きたくなり、真冬の北海道へ単身飛んだ。
お金の都合で、彼の出身地足寄までは行けなかったが、せめて札幌のSTVラジオの建物だけでも見ようと、局内の喫茶店へ入った。
すると、ちょうどこの歌がかかっていた。ジーンときました。

「お膝元で聴くと、格別だなあ」などと、ひとりブツブツごちておりました。
まあここまではよかったのだけど、その後がいけない。

 雪が吹雪くのに、みんな傘もささないのだなあ、と思って大通り公園を歩いていると、傘はほうきのように逆立つし、足をすべらせ、スッテンコロリと大の字にひっくり返る。

 雪のうえに横たわりながら、「ああ足寄は遠いなあ」としみじみ感じた僕は、素直に名古屋へ帰ることにした。
 僕は戻ると、すぐさまギターを手にし、『旅立ち』を練習しはじめた。

〈私の瞳が ぬれているのは 涙なんかじゃないわ 泣いたりしない……〉

 僕は友人たちの集まる場でも、ギターをかかえよくこの歌を歌った。

「千春より、おまえの歌い方のほうがいい」と、おだて上手に乗せられ、千春の曲のメドレーまでやらされた。でも、気持ちは最高。

 この歌は、カラオケではなく、ギターを弾ける人は、そっちで試してください。

 極めて単純なメロディとコード進行、および歌詞なのに、これだけ力強くかつ美しく気持ちいい、という曲は他にないと思います。