僕は星名淳成二十九歳。
一応、まだ独身。
僕はときどき不思議な夢をみる。
超高層ビルが林立する銀メタリック色の街を、魔法のジュウタンのようなものに乗り、ふわふわ飛んでいるのだ。
自分のほかに顔はわからないが、男がひとりと少年がひとり同乗している。
どういうわけか、季節の変わり目になると、きまって同じ夢をみる。
銀メタリックの街は、果してどこなのかわからない。ただ何となく東京・西新宿界わいに似た雰囲気はある。
眼下にひろがる街は、見渡すかぎり眠っているように静かで、人の気配がまったく感じられない。
無機質な朝靄が街全体を覆い、ビルや民家の屋蓋は、銀色の鈍い光をはらんで佇んでいる。
やがて、立ち並ぶ高層ビルの谷間からひとつの太陽が昇り、みつめていると、
あろうことかもうひとつの太陽が反対側のビルの谷間から昇ってくるのだ。
しばらくすると、二つの太陽は、中空で拮抗しあうように並んで浮かぶ。
僕はその異様な光景を仰ぎながら、ふわふわと街の上空をさ迷う。
何かを叫んでいるのだ。
とにかくその街の人々に、何かを必死に訴えているのだ。
そこでいつも夢は終わる。
こうした不思議な夢をみるようになって、もう七年がたつ。
あの頃僕は、君田弘と一緒にキャンドルという音楽バンドを組み、プロをめざしていた。
ある日、君田が送ったデモテープが芸能プロダクションの三崎企画に認められ、僕らは運よく上京するチャンスをつかんだ。
「興味があるから一度出てこないか」
という社長の言葉を聞くやいなや、ぼくたちは後先も考えずまっすぐに東京をめざしたのだった。
そこは“純音楽系”の事務所ではなく、お笑いタレントやコミックソングを歌うコメディアンが所属する、“色モノ系”の事務所だった。
京王線笹塚駅の高架下のじめっとした飲み屋街のはずれに並ぶ、木造平屋の建物が本社となっていた。
偶然かどうか知らないが、この界わいは新宿の西方に位置する場所である。
「オレたちの歌は、こんなところでクサるようなもんじゃない」
ある日、事務所を出て駅へ向かう途中、君田が吐き出すように言った。
「ああ、もちろんさ…」
汗をぬぐいながら、ぼくもすかさず同調した。
盛夏と呼ぶにふさわしい暑さが、体中を覆っていた。
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