回想10


 ブーイングと野次の嵐のなか、二人は、規定の2曲を歌いきった。

『バカやろう、いいかげんに引っ込め!』

 まだ、野次は止まない。
もちろん拍手も、ない。ぼくらが何をしたというのだ。
拍手なんか期待しないけど、せめて黙って聞け、と言いたい。

 舞台を下りる際、君田は、クソっ、という声を出して、マイクスタンドに、ひとつ蹴りを入れた。
マイクスタンドは、音をたてて倒れた。
それでも、講堂の中は騒がしい。

 ぼくらが舞台のソデに下がると、社長の三崎は、機嫌をとるように、擦り寄ってきた。

「やあ、お疲れお疲れ」

「いったい、これは何ですか?」

「まあ、そんなに熱くなるなって。次のルナのステージを見れば、納得するから…」

 納得なんかするものか、と思った。
ぼくも君田も、ズタズタに傷ついている。
なのにこのオヤジときたら、へらへら笑うばかり……。

 舞台の反対側から、髪をアップにしたルナが登場するや、場内の興奮は頂点に達した。
ルナは、純白のミンクのコートに身を包み、なぜか裸足であった。
嫌な予感がする。

『いよぉ、待ってました、ルナちゃん』

『ルナぁ、いのちー!』

 野太い野卑な声が、高い天井に響きわたる。
およそ学園祭らしからぬ、不健全な空気だ。

 いかがわしいBGMこそなかったが、ルナは四肢を妖艶にくねらせ、ステージに舞った。
やがて、クルリと体を回転させると、ヒラリとコートの前を開けてみせた。

 何もつけていない。華奢な肢体に、盛りあがった乳房がまぶしい。
ヘアも遠巻きながら、陰影のように見える。予感は的中した。

『いいぞぉぉぉ、ヒューヒュー』 

などといった、品性のないダミ声が、そこかしこから束になって聞こえてくる。
さらに、一回転すると、まとっていたものをスルリと拭い落とした。

『ウォォォォォォー』

 という野獣の咆哮のような奇声が、さらに講堂中を包んだ。
一糸まとわぬ姿で、ルナは、観客を前にして立っている。
あろうことか、片足を高くあげたりもした 。
場内はもう、はちきれんばかりの、興奮がみなぎっていた。