ビートルズの『シー・ラブズ・ユー』だった。
でも、なんかおかしい。
気の抜けたサイダーのように、曲全体にハリもないし、厚みもない。それに、どこかバラバラ。
「ちょっと、待った、待った」
君田が手をあげ、制止した。
肩からさげたフォークギターをおろし、バックの連中を見る。
「もっと真面目にやってください」
「俺たちはちゃんと、譜面
どおりやってるよ」
ギターの三井が応える。
「ノリがないし、コーラスが聞こえない。皆の歌声がそろって、初めてイケる曲だと思うんだけど」
「コーラスをやるなんて、聞いてないよ。俺たちはあくまでもウシロだから」
三井の意見に、そうだそうだとばかりに、ほかの連中もうなずく。
僕は、たまらなくなって言った。
「ぼくたちは、このライブにかけているんです。プロでやっていけるかの試金石でもあるし…」
「あんたらはそうだろうけど、俺たちには関係ないよ」
ベースの長山が、ながい顎を突き出して言った。
「それはないよ。だって、皆さんには、十万円も払ってお願いしたんだから」
言ってから、シマったと思った。
三人の顔色が、サーっと変わった。
君田も、マズイかも、という表情をしている。
険悪な空気だ。
「とにかく、できることをしっかりやってください」
君田には珍しく、人の機嫌をとるような作り笑いをした。
そして、おもむろにギターを抱えた。
ふたたび『シー・ラブズ・ユー』をやった。
が、状況は同じだった。
あとで知ったことだが、バックの三人は、いずれもベテランのスタジオミュージシャンで、彼らには彼らなりのプライドがあったのだ。
僕らのようなポッと出の甘ちゃんに、ナメられたくはない、という意識が強かったにちがいない。
音楽の職人気質を支えに、食うために場末のキャバレーやナイトクラブにも、時折出ていたらしい。
けど、僕らにだって意地がある。
二回ほど同じ曲をやったあと、君田は、オリジナル曲を指示した。
「じゃ、『ろぼっと』をいきます」
果して、状況はさらに悪化した。
歌にならないほど、バックがうるさく邪魔をしていたのだ。
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