『ルイーダ』に通じる厚い防音ドアの前には、開演一時間前だというのに、すでに大勢人が集まっていた。
男女を問わず、赤や青の頭をした、とがった若者が多い。
今日のライブは、3バンドの競演で行われ、キャンドルは一番最後ということだった。
僕は一応、客層を見ておくために、人の集まる受付けロビーに出た。
当然、この時間には、見知った顔などないと思われたのに、どこかで僕を呼ぶ声がした。
「淳成くん…」
聞き覚えのあるような声である。
その声を追うと、エレベーター前に七瀬ゆかりの姿があった。
「来てくれたんだね。ありがとう」
「がんばってね。楽しみにしてるわ」
くったくなく微笑む彼女が、少しまぶしかった。
ツイードのセーターに膝丈のスカートといういでたちは、肩までのびたストレートヘアとよくマッチしていた。
「君田さんはどうしてるの?」
「ああ、奥の控え室にいるよ」
「そう、じゃあよろしく伝えてね」
「うん」
笑ってみせたが、どこかぎごちなかった。
実をいうと君田は、今朝からあまり調子がよくないのだ。
どうも、風邪をひいたらしい。
声が、思うように出ないのである。
おまけに、ドラムの沖田がリハに遅れてきたため、通し稽古が十分できなかったのである。
耳をつんざく大音響が一時間ほど続いたあと、客席が入れ替わった。
いよいよこのバンドの次である。
本番は刻一刻と近づいていた。
「大丈夫か、声は出るか?」
「ああ、なんとかな」
君田は、パイプ椅子にもたれながら応えた。
バックをつとめる三人は、少し離れて長椅子でくつろいでいた。
時々、それぞれの譜面を確認している様子だった。
そこへ、陽気な面持ちで、社長の三崎が現われた。
「よお、調子はどうだ。もうすぐいくぞ、いいいな」
だれも受け答えしようとしない。当然、ぼくも無視した。
とてもそんな心境ではない。
いまや、無事に終了することだけを祈っていた。
キャンドルの演奏が始まった。
だが、ボーカルのパートになっても、君田の声が聞こえてこない…。
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