回想15


『ルイーダ』に通じる厚い防音ドアの前には、開演一時間前だというのに、すでに大勢人が集まっていた。
男女を問わず、赤や青の頭をした、とがった若者が多い。

 今日のライブは、3バンドの競演で行われ、キャンドルは一番最後ということだった。
僕は一応、客層を見ておくために、人の集まる受付けロビーに出た。

 当然、この時間には、見知った顔などないと思われたのに、どこかで僕を呼ぶ声がした。

「淳成くん…」

 聞き覚えのあるような声である。
その声を追うと、エレベーター前に七瀬ゆかりの姿があった。

「来てくれたんだね。ありがとう」

「がんばってね。楽しみにしてるわ」

 くったくなく微笑む彼女が、少しまぶしかった。
ツイードのセーターに膝丈のスカートといういでたちは、肩までのびたストレートヘアとよくマッチしていた。

「君田さんはどうしてるの?」

「ああ、奥の控え室にいるよ」

「そう、じゃあよろしく伝えてね」

「うん」

 笑ってみせたが、どこかぎごちなかった。
実をいうと君田は、今朝からあまり調子がよくないのだ。

 どうも、風邪をひいたらしい。
声が、思うように出ないのである。
おまけに、ドラムの沖田がリハに遅れてきたため、通し稽古が十分できなかったのである。

 耳をつんざく大音響が一時間ほど続いたあと、客席が入れ替わった。
いよいよこのバンドの次である。
本番は刻一刻と近づいていた。

「大丈夫か、声は出るか?」

「ああ、なんとかな」

 君田は、パイプ椅子にもたれながら応えた。
バックをつとめる三人は、少し離れて長椅子でくつろいでいた。
時々、それぞれの譜面を確認している様子だった。

 そこへ、陽気な面持ちで、社長の三崎が現われた。

「よお、調子はどうだ。もうすぐいくぞ、いいいな」

 だれも受け答えしようとしない。当然、ぼくも無視した。
とてもそんな心境ではない。
いまや、無事に終了することだけを祈っていた。

 キャンドルの演奏が始まった。
だが、ボーカルのパートになっても、君田の声が聞こえてこない…。