その夜、彼女は僕のアパートに泊まった。
久しぶりだったせいか、燃え尽きるように愛しあった。閨の床の会話や動作は、自然に体が覚えていて、懐かしくもあった。
七瀬ゆかりは、有給を一日しかとれなかったらしく、この両日で名古屋へ戻らねばならなかった。
帰りの新幹線の時間まで、僕たちは、原宿や渋谷の街をぶらついた。この界隈は、けっこうミーハーになれるし、臆面
なく腕を組んで歩けるのがいい。
「それじゃ、気をつけて……」
「君田さんや知美さんにも、よろしく言ってね」
「うん」
新幹線ホームで、発車ベルが鳴り響いていた。
僕は、持っていたトラベルバッグを彼女に渡した。
「あのね…。ううん、何でもない」
「なに? はっきり言いなよ」
「いいの、今度、淳成くんが名古屋に帰ったとき…話すわ」
そう言ってゆかりは、口をつぐんだ。
彼女が列車に乗り込むと、扉が閉まった。
窓越しに小さく手をふっている。
「さよなら」
と唇が動くのにあわせ、僕も、さよなら、とつぶやいた。
なぜか、言い知れぬ寂しさを覚えた。
このまま、本当に離ればなれになるのではないか。
そんな予感がした。
列車が去ったあとも、しばらく僕は、そのまま動けずにいた。
君田のアパートに辿りついたのは、それからだいぶたってからである。
あたりはもう、夜のとばりがおりていて、彼の部屋にも明りがついていた。
部屋には、彼ひとりだけであった。
「知美くんは、帰ったのか」
「ああ。さっき帰った」
少しぶっきらぼうな物言いだが、君田は、すっかり落ち着きを取り戻していた。
「今後のことだけど、少し話してもいいか」
「おれも話したいことがある」
「なんだ?」
「いいよ、そっちから先に言えよ」
言いながら君田は、さりげなくお茶を勧めた。
彼にしては、珍しく気がきく。昨日とは、まるで別人のようだ 。
何かあったのだろうか。
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