回想19


 その夜、彼女は僕のアパートに泊まった。

 久しぶりだったせいか、燃え尽きるように愛しあった。閨の床の会話や動作は、自然に体が覚えていて、懐かしくもあった。

 七瀬ゆかりは、有給を一日しかとれなかったらしく、この両日で名古屋へ戻らねばならなかった。

 帰りの新幹線の時間まで、僕たちは、原宿や渋谷の街をぶらついた。この界隈は、けっこうミーハーになれるし、臆面 なく腕を組んで歩けるのがいい。

「それじゃ、気をつけて……」

「君田さんや知美さんにも、よろしく言ってね」

「うん」

 新幹線ホームで、発車ベルが鳴り響いていた。
僕は、持っていたトラベルバッグを彼女に渡した。

「あのね…。ううん、何でもない」

「なに? はっきり言いなよ」

「いいの、今度、淳成くんが名古屋に帰ったとき…話すわ」

 そう言ってゆかりは、口をつぐんだ。
彼女が列車に乗り込むと、扉が閉まった。
窓越しに小さく手をふっている。

「さよなら」

 と唇が動くのにあわせ、僕も、さよなら、とつぶやいた。
なぜか、言い知れぬ寂しさを覚えた。
このまま、本当に離ればなれになるのではないか。
そんな予感がした。

 列車が去ったあとも、しばらく僕は、そのまま動けずにいた。

 君田のアパートに辿りついたのは、それからだいぶたってからである。
あたりはもう、夜のとばりがおりていて、彼の部屋にも明りがついていた。

 部屋には、彼ひとりだけであった。

「知美くんは、帰ったのか」

「ああ。さっき帰った」

 少しぶっきらぼうな物言いだが、君田は、すっかり落ち着きを取り戻していた。

「今後のことだけど、少し話してもいいか」

「おれも話したいことがある」

「なんだ?」

「いいよ、そっちから先に言えよ」

 言いながら君田は、さりげなくお茶を勧めた。
彼にしては、珍しく気がきく。昨日とは、まるで別人のようだ 。
何かあったのだろうか。