回想22


 僕は、その言葉を聞いて、浅丘知美に会いたくなった。君田のことを、いつもいじらしく慕う彼女の、悩む姿が脳裏に浮かぶ。

 本当は会う必要もないのかもしれないが、なぜか無性ににこみあげるものがある。密かな恋心。慕情。友愛。いやちがう。

 たしかにその昔、はっきりと好きだ、という思いで彼女をみつめていた時があった。でも、そういうのとはちがう、新しい感情で、いまの知美くんを見ている。

 とにかく逢いたい、と思う……。

「わかったよ。事務所の社長には、こちらから説明しておく」

 僕は言った。

「いいよ。手紙でちゃんと伝える」

 君田は言って、立ちあがった。

「いつ飛ぶんだ?」

「できたら、来週かな」

 また性急な話である。当面の旅費については、実家に頼んで工面してもらうらしい。

 埃とチリで白くなった窓の桟を、指で払いながら、「すまん」と、君田は低い声で言った。どこまで行っても、並行線である

 僕は、心の整理がつかぬまま、アパートをあとにした。まずは、自宅へ戻ろうと思った。

 6時間ほど前に、東京駅の新幹線ホームで別れた七瀬ゆかりの顔が浮かぶ。

 二人で歩いた、原宿の竹下通りのざわめき。行き交う若者。露店のアクセサリー。人とぶつかりそうになる僕の手をとる彼女。

 坂の多い渋谷の街。スペイン坂の途中のカフェ。笑う彼女。時計を気にしながら山手線に向う二人……。そうしたすべてが、遠い昔のように感じる。  きのう今日と、長い一日だった。

 昨日の『ルイーダ』でのライブが、絶不調に終り、名古屋から応援にきたゆかりと、熱い一夜をともにした。

 朝からずっと一緒にいて、彼女が帰るまえに、街でデートして、それで見送って。

 そして、君田の部屋をたずねたら、思わぬ展開が待っていて。

 で今度は、心に浅丘知美の姿が焼き付いて離れなくて、いつになく気にしはじめている。

 でも、今夜はぐっすり眠ろう。僕は疲れている。君田の説くような、むつかしいことは考えないで、ただ眠ろう。