回想23 |
世田谷の馬事公苑で、JRAの競技用の馬でも眺めよう、ということになっていた。 午後3時を少し過ぎた頃、彼女は息をきらしてやってきた。 均整のとれた柔らかい体の線が、よく見てとれる、茶系のワンピースを着ていた。前髪を少し垂らし、残りは、自然な感じでうしろにゆわえていた。 「ごめん、待った?」 「ううん、ぜんぜん」 僕は、顔をほころばせた。知美くんは、まだ肩で息をしていた。 ふんわかした頬の感じと、細い肩の線は、出会った頃と変わっていない。でも、その容姿全体から漂う雰囲気は、すっかり大人の女である。 僕らは、玉砂利の敷いてある正門を、まっすぐ歩いた。平日の馬事公苑は、人影もまばらで空いている。 「今日は、誘ったりして本当によかったの?」 「どうして?」 「なんか忙しそうだもの」 「そんなことないわ」 知美くんは、にっこり笑った。歯科技巧士の彼女にとって、この日は一応、オフということだった。 僕らは、白砂の馬場を駆ける馬が目に入ったので、そちらへ歩いた。そして、すぐ間近に眺められる場所まできて、腰をおろした。 「君田のやつ、僕には子細を告げずに行っちゃったけど、君には何か言ってた?」 僕は言った。 「じつはあの日……大変だったの」 知美くんは言って、うつむいた。 「あの日って?」 なぜだか、胸がチクリとした。 「ライブがひけてから、いっしょに彼の部屋に行って。それから…。 「それから…?」 「彼、カミソリで手首を切ったのよ」 「えっ!?」 僕は絶句した。まさか。ウソだろ。あの君田弘が、そんなことをするなんて、信じられない。 血を見るだけでも、卒倒すると言ってた彼が、自分からスパっとやるなんて……。 僕はおおいに動揺した。
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