回想3


 「これではぼくらは、飼い殺しではないですか」

 君田の語調はかなりきつかった。

 社長の三崎は、なま暖かい扇風機の風を背に受け、さらに扇子でぱたぱたやりながら、

「今にタモルの『笑っていいかい』に出してやるよ」

 と涼しい顔でうそぶいた。

「ぼくらはお笑いをやるためにここにいるんじゃない。自分たちの歌をやりたいんです」

「わかっとるから、まあ任せておきなさい」

 社長は、使い古したスチールデスクに足を投げだし、煙草に火をつけた。

「どのように任せればいいのですか」

 なおも君田は食いさがった。

「君田、なにもそこまで聞かなくても…」

 横で見ていたぼくは、ちょっと心配になってたしなめた。
社長は、円盤状になった腹周りをひと撫でし、こちらをチラっと見た。

「そんなに言うなら、すぐにブッキングしてやるから待ってなさい。その前に君たちは、歌の練習でもしておきなさい。杉並の浜田山地域センターの音楽室をおさえてあるから、明日からそこでやるといい」

 あたかも用意しておいた原稿を、すらすら読むような調子で言い放った。
それにしてもプロの歌手の養成に、地域センターの音楽室とは…。

 もっとも本社といっても、ここだって木造モルタル造りの、今にも壊れそうな八畳一間のアパートだし、社長ひとり女事務員ひとり、あとは明日をも知れぬ 芸人数人が寄り合う所帯である。
ぜいたくは言えない。

 浜田山地域センターは、京王井の頭線の駅からすぐのところだった。
詩吟や長唄に集まる年寄りの姿がちらほらあったが、音楽室は別フロアーにあって、けっこう練習スタジオとしては広くて本格的な作りだった。

 君田は防音が効いた音楽室に入ると、自然に相好をくずした。
右手奥に、練習用のピアノも置いてある。

「まず発声練習からいこう。そのあとギターの音合わせとコーラスの練習だ」

「よしわかった」

 ぼくの言葉を合図に、二人の稽古は始まった。
久しぶりに心置きなく声を出せ、コーラスのハモリも好調だった。
ただ自分たちのオリジナル曲がすべてフォーク調なので、どこか時代のズレを感じないでもない。

 一週間後、ぼくらが事務所に顔を出すと、三崎社長が血色のよさそうな頬を膨らませ、こう言った。

「おい、決まったぞ。いいか、君たちは二週間後、あの伝説のライブハウス『ルイーダ』に出るんだ」