「これではぼくらは、飼い殺しではないですか」
君田の語調はかなりきつかった。
社長の三崎は、なま暖かい扇風機の風を背に受け、さらに扇子でぱたぱたやりながら、
「今にタモルの『笑っていいかい』に出してやるよ」
と涼しい顔でうそぶいた。
「ぼくらはお笑いをやるためにここにいるんじゃない。自分たちの歌をやりたいんです」
「わかっとるから、まあ任せておきなさい」
社長は、使い古したスチールデスクに足を投げだし、煙草に火をつけた。
「どのように任せればいいのですか」
なおも君田は食いさがった。
「君田、なにもそこまで聞かなくても…」
横で見ていたぼくは、ちょっと心配になってたしなめた。
社長は、円盤状になった腹周りをひと撫でし、こちらをチラっと見た。
「そんなに言うなら、すぐにブッキングしてやるから待ってなさい。その前に君たちは、歌の練習でもしておきなさい。杉並の浜田山地域センターの音楽室をおさえてあるから、明日からそこでやるといい」
あたかも用意しておいた原稿を、すらすら読むような調子で言い放った。
それにしてもプロの歌手の養成に、地域センターの音楽室とは…。
もっとも本社といっても、ここだって木造モルタル造りの、今にも壊れそうな八畳一間のアパートだし、社長ひとり女事務員ひとり、あとは明日をも知れぬ
芸人数人が寄り合う所帯である。
ぜいたくは言えない。
浜田山地域センターは、京王井の頭線の駅からすぐのところだった。
詩吟や長唄に集まる年寄りの姿がちらほらあったが、音楽室は別フロアーにあって、けっこう練習スタジオとしては広くて本格的な作りだった。
君田は防音が効いた音楽室に入ると、自然に相好をくずした。
右手奥に、練習用のピアノも置いてある。
「まず発声練習からいこう。そのあとギターの音合わせとコーラスの練習だ」
「よしわかった」
ぼくの言葉を合図に、二人の稽古は始まった。
久しぶりに心置きなく声を出せ、コーラスのハモリも好調だった。
ただ自分たちのオリジナル曲がすべてフォーク調なので、どこか時代のズレを感じないでもない。
一週間後、ぼくらが事務所に顔を出すと、三崎社長が血色のよさそうな頬を膨らませ、こう言った。
「おい、決まったぞ。いいか、君たちは二週間後、あの伝説のライブハウス『ルイーダ』に出るんだ」
|