回想5


 君田弘の話では、バックバンドを頼むのに、十万円ほどかかるという。

 コンビニのバイト仲間にプロのハコバンに詳しいやつがいて、ドラム、ベース、ギター、キーボードのセットで、そのくらいはいくだろうと教えられたそうだ。

 ハコバンというのは、箱のバンド、つまりワンセットで稼働する演奏者のことである。ナイトクラブの演奏からレコーディングのバックまで、彼らの守備範囲は広い。

「十万円かぁ、うーん、どうしたものか」

 いつものように練習を終え、休憩ロビーのソファーで君田は唸った。

「そうだな、どうしようか。ライブは迫っているし」

 ぼくら二人に、十万円もの大金をすぐに用立てできるあてなど、あるはずもなかった。

 かといって、そこいらの素人のバンドマンを連れてきても、あの名門ライブハウス『ルイーダ』のステージをこなすには、少々荷が重すぎる。それに時間もない。
やはり、ここはプロに頼む以外ない。

 でもぼくは、改めて疑問に思ってることを口にした。
「なあ、君田。こんな思いまでして僕らはあそこで歌を歌わなくてはいけないのか? 」

「どういう意味だよ」

「だってそうじゃないか。いくらプロへの登竜門ったって、無理にフルバンド組んでまでやるのは変じゃないか。僕たちはフォークだぜ」

「たしかに最初はフォークだったさ。でも俺たちの音楽はこんなもんじゃないはずだ。なあ淳成、俺たちは音楽で時代を変えようと誓ったよな」

「ああ、誓ったさ」

「キャンドルっていう名前つけたのも、歌を聴く人たちの心に、明りを点したいという思いからだよな」

「ああ、そのとおりさ」

「だったら、余計なこだわりを捨てて、やるべきだよ」

 これだけ言うと君田は、カップコーヒーを一気に飲み干した。

 自分たちはいま、何を求め何を訴えたいのか。
果してぼくらの音楽はこの時代に通じるのか。
そして本当に音楽で世界が変えられるのか。
すべてが疑問だった。

 しかし、ここまできたら後にはひけないのも確かである。
ぼくは、七瀬ゆかりにお金を借りる決心をした。
彼女は現在、名古屋の照明器具メーカーに勤めるOLで、ぼくのステディでもある。

「ゆかりに頼んでみるよ」

 そういってぼくは、公衆電話をさがした。