回想6


 電話のボタンを押しながら、ゆかりと話すのはひさしぶりだなあ、と思った。
自宅に電話がないうえ、進展のない現状では、コールするにも何かとはばかれるのだ。

「はい、七瀬です」

 ゆかりの艶のある声が聞こえた。

「あの、ぼくだけど」

「…淳成くん。どうしたの? 手紙だしたのに、ちっとも連絡くれなかったじゃない」

「ごめん。つい忙しくて」

 くぐもった声になった。

「…元気だった?」

 やさしいゆかりの声音に、ホッとする。
このまま用件を言わないでおこうか。
そうもいかないか。

「うん、ぼくは相変わらずだよ。それより、ひとつ頼みがあるんだ」

「え、頼みって? なに?」

「十万円ほど貸してほしいんだ」

 わずかに声がかすれた。

「十万円って、そんな大金…、何か困ることでもあるの?」

 電話の向こうで、当惑する彼女の顔が浮かんだ。

「必ず返すから、用立ててくれないか。バックバンドの費用がいるんだよ」

 上気して、背中から首筋にかけて汗が吹き出た。
カッコ悪いことしきりである。
ぼくは、これまでのいきさつを、かいつまんで彼女に説明した。

「わかったわ。返すのはいつでもいいから、ライブがんばってね」

「ありがとう」

「じゃあ、またね…」

 と言ってゆかりは、流れのままに電話を切りかけた。

「あ、あのさぁ」

 ぼくは反射的にそれを遮ろうとした。

「え、なに?」

「これから、どへ行くの?」

 どうでもいいようなことを聞いている。
お金の無心だけで、話が終わってはいけない、という気持ちがどこかにあった。

「ひさしぶりにアライ屋へでも行こうかと思ってるわ」

「そう…」

 言葉がそれ以上出てこなかった。
彼女の様子が、どことなくそっけないのが気になった。
ひさしぶりの電話だというのに、お金の話で機嫌をそこねたのだろうか。

「じゃあ、また連絡してね」

「うん、オババにもよろしく」

 受話器をおいたあと、ぼくはオババ の顔を思い浮かべた。