回想7


 七瀬ゆかりとの出会いも、アライ文具店だった。
店主のオババのとりなしで、気づいたらそういうことになっていた。

 当時、まだ中学生だった彼女と、浪人中の身であったぼくとが、オババのお節介によって、知音の仲となったのである。
ふつうでは、あまり考えられないケースである。

 オババの年の頃は、思うに五十歳前後だろう。
これもひとえに年齢不詳の顔立ちによる。
中肉中背、閉じた口から歯がこぼれる程度に前歯が出っぱり、鼻筋がそりかえっている。
これに細く優しい眼。

 そのオババを、ぼくも君田も七瀬ゆかりも、ともに知っている。
ぼくらはその昔、紛れもなくアライ屋の常連客だったのである。

 そしてゆかりは今日、久々にアライ文具店へ行くという。
オババや昔の仲間たちは元気だろうか。
会ってみたい気もする。

 だが、今の自分は、女に金を無心するような情けない男だ。
まともに皆と顔をあわせにくい。

 君田は、休憩ロビーのソファーでくつろいでいた。

「で、どうだった? ゆかりちゃん、貸してくれるって?」

 君田はぼくの姿を見るなり聞いた。

「ああ、なんとかなりそうだよ」

 とぼくは言った。急に現実にひき戻された気分だった。

「そうか、よかったな」

 君田はそれだけ言うと、さーっと腰をあげた。

「どこへ行くんだ?」

「決まってるじゃないか。さっそくバックバンドを頼んでくるのさ」

 君田はギターケースを抱え、休憩ロビーから出ていった。
ここは浜田山地域センターの3階である。
彼が降りていったスロープの先に、京王井の頭線の電車が見えた。

 ぼくは、そのままソファーで脚を組み、静かに考えごとをした。

(こんなことでいいのだろうか。女に金を借りてまでやる仕事って、いったい何なんだろう。これではまるでヒモではないか。君田はそのへんのこと、どう考えているんだろう。彼だって自分の彼女、知美くんに頼めたはずなのに…)

 後悔とふがいなさが、執拗に心の奥でからみあっていた。
と同時に、七瀬ゆかりとの仲が、少し気まずくなったようにも感じられた。